家中を片付けて、得たこと


今年の3月にきっかけを得、家中を片付けました。隅から隅までくまなく、です。(記事10/10/04)
持っているモノを全部、要るモノと要らないモノに仕分けし、不要なモノはすべて捨て、要るモノは再整理しました。
途中片付けに疲れてしまって3か月間中断し、秋にまた再開しました。まだ仕分け後の再整理を待っているモノもありますが、これでウチにあるほぼすべてのモノの片付けが終わったことになります。
この「お片付けプロジェクト」で捨てたモノは、軽トラックに積めば優に2、3台分はあると思います。
不思議なことに、捨てれば捨てるほど、捨てたいモノ捨てるべきモノがまた見つかるのです。
そして「モノ」を捨てたことで、得た「コト」がありました。
それは一言でいえば「時間」、そして「わたし」。どんな、という説明を加えるとしたら、「余白がたっぷりある時間」、「そんな時間を心ゆくまで味わうわたし」。なんてちょっとブンガクテキ過ぎかな?

今こうして、余裕ありげに書いていますが、片付けはじめた頃は激しい衝撃の連続でした。
仕舞いっぱなしになっていたモノが露わになると、なぜかそこに、目を背け封印していた自分の姿を発見して愕然としました。そして、忘れたことになっていたはずの記憶が蘇って心が疼き、また、今までないがしろにしてきた「本当は大事なコト」が、自分の前に山積しているのを目の当たりにしました。
それは苦しかったです。片付けはキツイ。自分自身と向き合う、まるで修行のようだった。幾度も泣きました。

わたしがしたことは、ただひたすらモノを片付けただけです。その「モノ」に、いろいろな「コト」がくっついているということを、片付けを通して気付きました。そして「モノ」にきちんと向かい合うことで、そこにくっついている「コト」をきちんと処理できる、ということを身を持って経験したのです。
「収納上手」を自負していたわたし。隙間という隙間にきっちりとモノが仕舞い込まれたようすを冷静に観察すると、まるで隙間だらけの自分の心も、同じやり方で埋め尽くさんとしているような気がしてきました。
(『ココロのスキマ』というたびに、喪黒福造の笑い声が聞こえてくるような気がします。おーっほっほっほ)

住まいの片付けがほぼ終わった今、埋め尽くされていた「隙間」は、自由な「余白」へと変わり、暮らしと住まい、そしてわたしの心に余裕をもたらしてくれています。
片付けはキツイけれど、そこから生まれたものはなかなかに得難いものです。

「モノ」と「コト」の間に、わたしにとっていったいどんな関係があったのか、そして片付けたことによって住まいと暮らしがどうかわったのか、その実録「お片付けプロジェクト」を、少しずつ紹介していきたいと思います。
 (つづく)

berry
   白い雪の中で赤い木の実が鮮やか
   やがて小鳥たちがついばみに訪れる
   date:2000/11/2-
       

COMMENT

もう雪景色・・・なんですね。
赤い木の実に雪が積もって・・・キレイ。
手前のブルーのガラス瓶がぼんやり陽炎のよう~

いい写真だわ・・・
こういうの、スキ。

写真、ほめていただいてありがとう。
この写真は住み始めてすぐに撮ったものです。
心が感動でいっぱいだと、写真にも表れますね。
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