• 2011/01/31/Mon 11:00:00
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ユーティリティー


片付けが終わった納戸(記事11/01/26)での、お洗濯のようすです。
その前に、「納戸」とはモノを収納する部屋のことをいうので、このように家事作業もできるなら、「ユーティリティー(家事室)」と呼んでもよいのですが、「なんど」という言葉の響きが好きなのでMapleHutでは納戸です。あごにホクロがあるのはナンノです。
ユーティリティシンク、洗濯機、衣類乾燥機、洗濯小物が収納された棚は、納戸に入って正面に配置されています。

laundry 1
   右の棚上段:洗剤類、洗濯バサミ(ブリキ缶の中)
   棚2段目:バスケットの中に洗濯ネット、洋服ブラシ(埃取り)、掛かっているのはハンドタオル
   棚3段目:手前(黒)洗濯用のハンガー、奥(ブルー)セーターなど厚物用のハンガー
   洗濯機の上の衣類乾燥機は、梅雨時だけ仕上げ乾燥に使います(嫁入り道具の27年物、燃費悪し)
   左は据え置きタイプのユーティリティシンク

laundry 2
   ワイシャツの襟を下洗いしているところで、ネットに入っているのは洗濯用固形石鹸
   以前は古歯ブラシで洗剤を刷り込んでいましたが、洗濯板の上でこすり付けると仕事が早い!確実!キレイ!
   (洗濯板の大ファンになりました。もっと大きいのが欲しいのだけど、なかなか見つかりません)
   作業する手元を照らすため、シンクのすぐ上に照明を付けてあります

laundry 3
   写真右の棚(写ってないけど)からハンガーを取り出して洗濯ものをかけ、左の竿に干す
   暖房用のボイラーがあるので、冬場はこのまま納戸で乾かします
   夏はここでハンガーにいったんかけてから、テラスの物干し竿へ移動させる

多くの家が、洗濯機を洗面脱衣室に置いています。その理由としては洗濯室を別に設けるスペースの余裕がないからかもしれませんし、浴槽の残り湯を洗濯に使いたいから(エコ??)という意見もよく聞きます。
家を建てる側(建設会社や設計)の立場からすると、水廻りはばらばらに配置せずまとめたほうが、建築費用が安くなるというもっともな常識もあるため、なかば自動的に「洗面脱衣室には洗濯機」となっているのかもしれません。

洗濯室(MapleHutでは納戸)と洗面脱衣室を「コンフォート」、「タスク」、「ストレージ」のカテゴリーに当てはめてみます(記事11/01/14)。洗濯室は迷うことなく「タスク」です。では洗面脱衣室は?わたしは「コンフォート」だと思うのですね。
一日の疲れを取るための入浴、身を整えるための洗面は作業(タスク)ではなく、くつろいでいい気分になるためのものです。
そのコンフォートな場所にタスクの洗濯機があると、なんだか落ち着かない感じがします。
しかも洗濯に限らず、作業というものには必ず道具が必要ですから、洗濯機のあるところには洗剤含め洗濯用品がセットでついてきます。つまり、洗面脱衣(コンフォート)に、洗濯機(タスク)と洗濯用品(ストレージ)がおなじ空間、しかもわずか2畳ほどのところに集まるわけで、考えただけで息苦しそうです。
「コンフォート」と「タスク」はきっちり分けることが居心地の決めてですから、洗面脱衣室には洗濯機を置かず、納戸の中に洗濯のための空間をまとめました。
洗面脱衣室と洗濯空間を離しはしましたが、洗濯機の右横は壁をはさんでトイレ、左横には給湯ボイラーが配置されており、設備配管(給水、給湯、排水)のロスはありません。

洗面脱衣室に洗濯機を置く場合、洗面ボウルを洗濯流しとして兼用することはできます。しかしそれではユーティリティーシンクのもう一つの役割、バケツを置いたりする掃除用のシンクとしては使いにくいのです。
洗面脱衣室と洗濯室の兼用をやめて各々を別に設け、洗濯室にユーティリティー専用シンクを置くことができれば、家事は各段にやりやすくなります。
おまけに、というか当然、洗面脱衣室はすっきりと落ち着いた空間になり、おもわずそこを「パウダールーム」、と呼びたくなるのでした。きゃっ!
    

古代紫


2005年秋頃から始まった体調不良。さまざまな不定愁訴に悩まされ続け、2009年には手術、入院を余儀なくされる病も抱えることになってしまった。
そして長かった病の時期が終わり、わたしは健康を取り戻すことができました。
季節は真冬、外は冷たい雪と氷の世界。どんなに寒くても、健康なわたしの心は、春の海のように穏やかです。
心配してくれた肉親たちに病が快癒したことを伝えたく、先ごろ「快気祝い」を届けました。

額賀章夫さん作の湯呑み2客を奉書紙で包み、それを古代紫色の真田紐で結びました。
できれば日用に使ってもらいたかったので、あえて箱に入れず、ただ包みました。
「紫」は、可視光線の中で一番波長の短い穏やかな色です。

kodaimurasaki
   date:2011/01/08

包みに使用した手漉きの奉書紙は「内山和紙」です。長野県飯山市の内山地域で、伝統的に作られています。
飯山市は長野県と新潟県の県境に位置する豪雪地帯で、内山和紙はその雪に晒すことによって、まさに雪のような白さになるそうです。
結びに使った真田紐は、袋織りのものを選びました。ふっくらしています。
額賀さんの湯呑みは、そこに刻まれた筋紋の繊細な表情を裏切り、手にすると骨太な安定感があります。日用に使っても全然へこたれずに、とても使いやすいのです。額賀さんの中鉢も愛用していて、ささやかなお惣菜も麗しく引き立ててくれる、それはまるでいぶし銀の役者さんのようです。
   

納戸の片付け 完了


玄関を入ると右に洗面所とお風呂、左に納戸が配置されています。
納戸の広さは奥行が2間、幅が1間+30cmあります(12尺×7尺)。内法寸法は、実測で3m47cm×2mです。
床は約3分の1が板の間で、残りはコンクリートの土間になっており、玄関とは別に勝手口がついています。

このたび納戸の片付けが終わり、きちんと整理できたのでここにお披露目したいと思います。
片付け中の様子や、片付けて発見したモノとコトについては、今後順番に詳しくご紹介します。
まずは完成写真をご覧ください。
 ※写真をクリックすると拡大されます。じっくりご覧になりたい方はどうぞ!
 ※広角レンズで撮影しているので、実際より広い感じに写っています

utility 1
   写真の向かって左が玄関、右がリビングにつながっている(写真に写っている扉はトイレです)
   納戸に入り、正面に洗濯機とユーティリティーシンクがある


utility 2
   納戸右側は、ユーティリティーシンクに並んでボイラーが2台(給湯用と暖房用)
   その隣に幅1m20cm奥行50cmの棚が並んでいる


utility 3
   納戸左側は幅1m50cm奥行41cmの棚
   奥に勝手口がある


utility 4
   土間側から振り返って納戸入口を見る(入口の向こうにキッチンが見えます)
   洗濯機と並んで奥行の浅い棚(幅94cm奥行19cm)


utility 5
   勝手口の外から納戸の中を見る


納戸の片付けを始めたのは昨年4月です。まず2か月ほどかけてしたことは不用品の処分で、ここに詰まっていたモノの3分の1、いやそれ以上捨てたかもしれません。
モノの総量を減らして収納し直し、8か月の間この納戸と納戸に収められたモノを使ってみました。
かなり思い切って大量のモノを処分しましたが、モノが減って困ったことは一つもありませんでした。
モノの量はこれで大丈夫なことがわかり、今回はDIYで棚の位置を変えたりまたは減らしたりして、収納の使いにくい部分をやり直しました。
ついでに要らないものがまだないか見直しをして、何点か捨てました。

家を設計していただいているとき、この納戸のイメージは「手入れされた道具がスタンバイする農家の土間、農閑期にはそこで縄をなったりもする」、あるいは「三ツ星ホテルやレストランのバックヤード、一流を支える技術が集結する楽屋裏」でした。
でも実際は、そんな風には使えていませんでした。モノがぎゅうぎゅうに詰め込まれた場所では身動きが取れず、なにか作業するどころではありません。
「もう少し広ければ・・・」と言い訳していましたが、それは広さのせいではなかったことが良くわかりました。
納戸を片付けたことで、道具類をすぐ出すことができ、またストレスなく作業ができる充分な空間のゆとりが生まれ、最初に描いたイメージ通りになりました。
掃除や洗濯といった毎日の家事、DIY、家のメンテナンス、趣味の道具の手入れなど、「暮らし」そのものを楽しめるようになったのです。
そうなってくると暮らしはレジャーです。そして住まいはワンダーランド!ここが一番楽しい!

以前の記事に、片付け前のビフォー写真は消去したと書きました(記事10/12/16)。しかしこの納戸だけは、片付けによってどのような変化が現れるか、自分でもとても興味があったので記録として写真を残しています。
ブログに掲載しようかと、改めて片付け前の写真を見てみました。でもやはり、あまりに見苦しくて、今はまだ他人にはお見せできません。
見えているところだけキレイにして、ハラの中真っ黒ってこのことか・・・(>_<)
片付けが終わった今、内臓にたまった毒素をすっかりデトックスできたような、爽快感があります。住まいに、です。

デトックスし、余分なものがすっかりなくなり、そこに姿を現したもの。今度は目を背けたくなるような己の姿ではなく、とても楽しいことでした。
わたしが本当に好きなものは何か、わたしがやりたかったことは何か、多すぎるモノに埋もれて輝きを奪われていた大切なモノとコトをたくさん発見しました。
家は建てたらそれで完成ではなく、手入れしメンテナンスし、なにより住まいと暮らしを楽しむことで、もっともっと住まいが自分たちらしくカスタマイズされていく、そうだったらいいなと思っています。そんな気持ちで、ブログに「家育て」というタイトルをつけました。
でももしかしたら、MapleHutを育てているつもりが、このわたし自身が育てられているのかも。
   

雪降り


今年の冬は、寒さが厳しいように感じます。
しかしその寒さの割に、降る雪の量は少なめです。
それでも先々週は幾日も大雪の日が続いて、いつもと変わらぬ冬景色となりました。

snowplow
   雪に埋まってしまった車を掘り出すyoo
   date:2011/01/16

積雪が少ない割に晴れの日も少なく、ただちらちらちらちらと雪が舞い続ける日が続いています。
冬、街はどんよりと曇っている時でも、山は気持ちよくピーカンに晴れていることがよくあるのに、今年の冬は山もお天気がよくありません。
土曜日の朝、久しぶりにささやかな青空が見れました。
放射冷却で空気もキーンと冷え込んだ朝は、雪の結晶も大きくなります。
その結晶に朝日があたり、きらきらと輝いていました。
この雪は、自分がこぉぉぉんなに光っていることを知っているのかな?

snow crystal 2
   テラスに積もった雪に光の粒
   date:2011/01/22

マイナス15度を下回るほど冷え込んだ夜、雪の結晶は子供の指でならつまめるのでは、と思うほど大きくなります。
一度、こんなことがありました。
特に寒さが厳しかった、ある真冬の夜のできごとです。降り続いた雪が真夜中になって静かにやみ、満月が雲間から顔をのぞかせました。
月の光が雪の結晶を照らしだすと、まるで幾千というダイヤモンドの粒が雪の上にばら撒まかれたかのように輝きだしたのです。
興奮してパジャマのまま外に飛び出したわたしは、雪の中で踊っていました。
踊れば踊るほど、まるで降り注いでくるかのように、ますます雪が輝きを増してきます。
とある月夜の、一夜限りの、ムーンライトショウ。




    

古い手紙を捨てました


昨年の春から住まいの隅々を片付け、要らないものを捨て続けてきました(記事10/11/27)。さっさと捨てられるものもあれば、なかなか捨てられないものもありました。
そんな捨てられなかったものの一つは手紙です。

古い手紙は、ミカン箱大のコンテナにぎっしり詰まったのがひと箱、A4ファイルが入るファイバーボックスに7~8束、全く整理もされずペーパーバッグにまとめて入れられたのがひと山。それらはクローゼットの奥の奥から、埃にまみれて発掘されました。
コンテナの手紙はそれでも整理してあるつもり、ペーパーバッグのものは、いつかはきちんと整理するつもりのものでした。積もった埃の厚さから、「整理するつもり」は何かの言い訳だったことがわかります。
これら手紙を「要らない」と判断して捨てるなら、もう見ないでまとめて捨てる。
あるいは、これからも持ち続けるなら、きちんと埃を払い、きれいに整理する。
自分なりにこの二者択一を用意し、しばらく悩んでから持ち続けることを選択しました。本当を言うとそのときはまだ、手紙を持ち続ける意味も捨てる意味もみつからなかったからです。
ペーパーバッグに入れられた分とファイバーボックスの分を、いただいた年ごとに分けました。20数年分ぐらいの手紙を整理するのに、確か三晩ぐらい費やしたと思います。
さらに古いコンテナの分はもっとやっかいでした。手紙を書き始めた10代から、20代初めのものになります。
携帯電話どころか普通の電話さえ持っていなかった時代の手紙ですから、中身は濃厚です。うっかり開けて読み返してみると、まるでタイムマシンに乗って、青春時代の自分の様子を見てきたような感じがしました。
複雑な思いが起こる中、整理は全く進まず。結局デスクの上に広げたまま、2週間もたってしまったのです。
片付かない手紙の山を見ながら、ふと気がかりになりました。わたしはこの手紙を書いてくれた人たちと、ちゃんと付き合っていただろうか?自分のことばかりに一生懸命になって、この手紙を書いてくれた人たちの心を思いやることはできなかったような気がする。若さゆえといえばそれまでなのですが。
手紙を捨てられずに今まで持ち続けてきたのは、周りの人を大切にしてこなかった後ろめたさからだと気付きました。
手紙を捨てないことで、その人を大切にしていると思いたいわたしでした。でもそれは残念ながら間違っている。
そしてその間違いに気付きたくないから、わたしは手紙の整理を保留し続けていたのだと思います。

コンテナの中の古い手紙は、ほんとうに大切な何通かを残し、薪ストーブの炎で燃やしました。
燃える炎を見ながら、一つのことを思いました。
一期一会、わたしごときが口にするのはもったいないような言葉です。ですが、少しは長く生き、大切な人を見送ることが増えてきたこの頃、手紙という過去のモノより、今わたしの目の前にいる人と深く付き合い大切にしたい。

初めに整理した20数年分も、新しい10年分だけを残し、1月15日のどんど焼きで燃やしました。
残した10年分は、これから毎年少しずつ処分していこうと思います。

letter
   残した手紙を仕舞った2つのファイバーボックス
   左側はいつまでも持っていたい大事なお便りで、一人ずつ和紙でくるみ、紐で結んだ
   右側は新しい10年分で、年ごとに結んである
   date:2011/01/16
     
  • 2011/01/14/Fri 16:00:00
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居心地のいい住まい


くつろぐために住まいがあるのだとして、ラグジュアリーなホテルをお手本にして家づくりをすればいいかというと、そうはいかないような気がします。
なぜそんな気がするのかな~と、家づくりを計画するときに考えてみたわけです。
ホテルと個人の住まいとどこが違うのか、暮らしの場面を3つのカテゴリーに分類して、ホテル空間との違いを比べてみました。

分類一つめは、くつろぐ場所。(=コンフォートcomfort)
食事したり、家族と団らんしたり、何をするでもなくテレビを見たり、個人の時間を過ごす場所。まわりくどく例を挙げるまでもなく、住まいはそのためにあるようなものです。
そして、なにか作業をする場所。(=タスクtask)
くつろぐ時間をつくりだすためには、その前に家事作業が必要になります。食事を用意し、洗濯、掃除し、また住まいのメンテナンスをするといったようなこと。
もうひとつは、モノをしまっておく場所。(=ストレージstorage)
暮らしを楽しみ、またそれを維持するために、なにかしら道具や雑貨といったモノたちが必要です。

ホテルやレストランを利用するとき、わたしたちは客室空間しか目にすることはありません。それは上記3分類のうちコンフォート部分のみで、スタッフが働いているタスク&ストレージ部分は客室空間とはっきりと区分けされています。
利用する人をいい気分にさせてくれるコンフォート部分は、見えないタスク&ストレージ部分がそれを支え維持しているはずです。
コンフォート部分とタスク&ストレージ部分の境界がくっきりしていればいるほど、そのお店のラグジュアリー度が高いようにも感じます。境界が緩やかで曖昧になれば、庶民的な感じがするでしょう。
個人の住まいとホテルとの大きな違いは、くつろぐ人と家事作業して働く人が同じ人だということ。ラグジュアリーなホテルの見えているコンフォート部分だけを真似し充実させてしまったら、家事(タスク)はしづらく、くつろげる空間を維持することは難しい。
だからといって家事動線だけを優先し、コンフォートとタスク&ストレージの境界を取り払ってしまったら、くつろぎを演出するのは難しい。

心からリラックスし、わたし達らしくくつろげる居場所が欲しい。そしてくつろぐためにも、家事は効率よくこなせるようにしたい。この矛盾する欲求を満たすために、うんと考え知恵を絞りました。
どうやら境界線の引き方に、大事な鍵がありそうな気がします。
このブログで、「家事が苦手」と何度も書きました(なぜか自慢でもするかのように、ふふっ)。そんなわたしですから、家事動線は絶対犠牲にできません。少しでも家事をこなすのにストレスがあれば、住まいがどんなにおしゃれに設計されていても、あっというまに空間が破綻することは目に見えています。
maple hutは平面計画の図面上では、家事動線を優先させて、コンフォート部分とタスク&ストレージ部分の境界線は曖昧なように見えます。
ですが、その場所その場所ごとに、そこは「コンフォート」なのか、「タスク」なのか、「ストレージ」なのか、その目的をきっちり明確に意識ました。意識の上では境界線はくっきりしています。
知恵を絞って工夫したのは、そこの「見え方」です。コンフォート部分が空間の主役に見え、タスク&ストレージ部分は脇役に、もっといえば影武者となるよう注意を払いました。

家事が苦手なわたしがストレスなく家事をこなせ、尚且つ落ち着いた居心地の良い住まいを作ることができたと感じています。新築から10年経っても暮らしと住まいの間に大きな破綻が起きなかった、そんな今だからこそ自信を持ってそう言えるかな、と思います。
10年という時間が、工夫が成功であったことを証明してくれました。
その工夫が一番表れている場所は、キッチンだと思います。

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   キッチンに立って見る、リビングの風景
   リビングと、そこから先に広がる森の風景が見渡せ気持ちいい
   photo:Tsutomu Uno
   date:2004/09/15
     

七草粥


「春の七草」、なんだかはんなりした言葉の響きが好きでした。それなのに、「七草粥」など今まで食べた記憶がありません。
セリナズナゴギョウハコベホトケノザスズナスズシロ。
好き、と言いながら、セリ、ナズナまでしか言えませんし、どんな植物なのかその姿もよく知りません。
昨日スーパーの野菜売り場で、七草をパック詰めした「春の七草セット」というやつと眼が合い、「たまにはいいかも!」と思い立って買って帰りました。
生まれて初めての「七草粥」。しかしてそのお味は・・・けっこう野性的な感じでした。
苦いしエグイし、決して「うまいっ!」と膝を打つような味ではありません。「草っ!」って感じです。
お米の甘さがいっしょでなければ、ちょっと食べられないと思います。おひたしじゃあツライ味かな。
でも不思議~。一口めで怪しいと感じたこの味なのに、残さず食べられたのです!お粥が嫌いな夫yooでさえ、ペロッと完食しました。

おもしろいね。舌はイヤがっても、身体が欲していた感があります。
1月7日に七草粥、これは身体本能カレンダーなんだな。
年末年始の暴飲暴食で疲れた胃には、確かにもってこいかも!

昨夜のもう一つのメニューは「reko風塩煮」でした。
残り物の中途半端な野菜がたまってしまった時や、食欲がなくて料理する元気がないときに登場するメニューです。
年末年始の余りもの食材がたくさんあったので、昨夜も登場させました。
合わせ昆布出汁(昨夜は顆粒で)に、大根を厚めのいちょう切り(8mmぐらい)にして投入!ゆっくり煮ます。
その他余り野菜、昨夜はタケノコとエノキを入れました(その日によって余り物は白菜、ほうれん草、モヤシやいろんなキノコ類だったりする)。
それから豚肉を入れて(余っているのが鶏なら鶏で)。
火加減はずっとことこと。作っているわたしも元気少なめでことこと。
大根によおーく火が通ったなと見たら、塩を入れます。
昨日は最後に水菜を入れて、さっと煮てお終い。
器に盛ったら、ちょっとポン酢をさしてテーブルへ。
味付けが塩だけなので、失敗のしようがありません。味がシンプルなので、あまり食欲がなくても食べられます。
出汁は、野菜に根菜が多いときはたっぷりめ、葉物が多いときはちょびっとで煮ます。
そして具が同じでも、出汁をコンソメにしたときは、最後はコショウとバルサミコ酢でアクセントにします。

昨夜もゴハンをおいしくいただきました!(たぶん)生まれて初めての七草粥も・・・(*^_^*)ん?
「あれ?今日(昨夜のこと)って、まだ6日じゃない?」
う~~ん、春もはよから・・・、まっ、早めに失敗しておくと後が気楽ってもんかな?
     

新年


新年、明けましておめでとうございます。
とうとうと流れる大河のように、ゆったりとそして確実に、今年も暮らしていけたらいいなと思います。

kagamimoti 0.2
   今年のお鏡餅
   だいだいが売られていたので、ミカンではなくだいだいにしました
   お餅との大きさのアンバランスがかわいくないですか?
   昆布は台所にあった出汁昆布を使ったらチョビ髭みたいになってしまった
   date:2011/01/01
     
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棲人:折谷 玲子
棲家:Maple Hut(飯綱高原)

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